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会員名

 職 種 
 


杉田 協則  Sugita Yasunori

提灯製作(ちょうちんせいさく)
 

事業所名

杉田商店

所在地
TEL&FAX

135-0002 東京都江東区住吉2−7−10
 T 03-3631-0488  F 03-3631-0489

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主な販路

自社店鋪、問屋へ卸売り

主な材料

竹、紙、針金、木、墨

主な道具

筆、分廻し(ぶんまわし)、あたり鉢、つっぱり棒

主な製品名

提灯(弓張、高張など)

特徴

通常、提灯屋は、文字や家紋を描く仕事を指します。(竹ひごに紙を貼った半製品を製作する者と分業)古くは照明として生活に欠かすことのできない物でしたが、現在でも、祭礼、寺社、店の目印などに使われます。文字の型は、江戸文字の一種(ちょうちん文字)で、ハネ、流れに特徴があります。

PRポイント

江東区は古くから祭りの盛んな区域で、提灯は欠かすことのできない道具でした。寺町でもあるので(三好町周辺)、注文も多くありました。最近では、結婚記念、誕生日などに名入れ提灯をプレゼントする方も増えてきました。今後は、室内照明として使えるものも考えていきたいと思います。

インタビュー記事

sugita-01-007.jpgsugita-02-036.jpg◇今回のインタビューは協則氏が多忙のため、父上の礼二氏にお伺いしました。

■千社札の文字はかんてい流、たちばな流で、相撲の文字は、最初、呼び出しの人が草履で書いたらしい。文字の流派は戦後できた。うち(杉田さん)の提灯組合は、江戸太文字という文字を使っている。

■関東大震災(大正12年)と戦争の時に家が焼けて、文字見本が全部焼けてしまったが、友達が残ったいた物をコピーしてくれた。父は一番弟子だったが、二番弟子の人が残っているものを持っていってしまったらしい。父はかなり腕が良かったが、俺は一番ペケの方だから(笑)全然だめだよ。(笑)

■うちのおやじは高橋藤之助の一番弟子だった。おれはおやじが40歳くらいの時の子供で、兄とはかなり年が離れていて、本当は兄が継ぐはずだったのだが、兄貴は目が不自由だったため俺が継いだんだ。

sugita-03-017.gifおやじの師匠の高藤(たかとう:高橋藤之助)といえば、提灯屋の中では一目置かれた人だった。この高橋藤之助が纏(まとい)の絵を描いてお祝にくれた。




sugita-04-054.gif■これはアメリカへ持っていくから当て字で入れてくれってんで、こんなふうな字を書いた。(写真上)

紋も手書きで書くんだ。筆用のコンパスがあるんだ。(写真下)

提灯屋は文字をなぞるって言われるんだが、提灯のでこぼこがあるからかすれてしまうんだな。この提灯なんかは江戸太文字っていうんだ。おやじなんかは、この文字を提灯の灯をとって「ちん文字」っていってたな。(笑)








問)息子さんはこの職に就かれて何年くらいになるんですか?

20、23くらいから始めて20年くらいになるかなあ。始める前は焼き鳥の板前になるなんていって出てったんだけど、戻ってきたんだ。

sugita-05-068.gif■東京の提灯屋さんってのは、大政奉還で、東京に人がどんどん増えて、需要に供給が追いつかなくなったんだ。そこで、明治の中ごろから分業化して、提灯自体は水戸の方でろくろをまわして作って、文字入れは東京でやるようになった。しばらくしたら、提灯の単価が安いもんだからだんだん提灯を張る人がいなくなってしまって、今ではほとんど年寄りばかりになってしまった。

昔はこのへんもお祭りがあると、町境といって、道の角々に提灯を掛けて、他所から入ってきてはいけないっていう目印にしていたんだな。間違って神輿(みこし)が入ってくると刺されたり喧嘩になったり、えらい事になったもんだ。昔は祭りのたびに新しい提灯を作って、1町あたり20から25くらい作ったもんで、うっかりすると間に合わなくなったもんだ。最近は3年に一度で4~5本作るだけになってしまった。これじゃ飯が食えねえや。


お盆の提灯なんかも作るんだが、最近は仏様も「ほっとけさま」になってしまってるな。(笑)お盆の提灯はデパートに卸してる大手の提灯屋さんが岐阜にあるんだけれど、裏に紋を入れるんで夏になるとけっこう忙しいんだ。

今では東京都提灯業組合は60名くらいになってしまったな。おやじのころは400人以上はいたんじゃないかな。

sugita-06-107.jpg■この提灯(写真右)は「グル」っていって1本の骨を螺旋上にぐるぐるまわして作る。高級なのは1本1本別々の輪になっているんだが、安いのは長い針金でできているんだよ。竹ひごでそんなに長いものはないものな。

最近の安い提灯は表面がビニールでできているので、絵の具はシンナーでないとはじいちゃうんだな。そのかわり雨にぬれても消えないんだよ。






sugita-07-049.jpg■このコンパスは木炭で目安をつけるためのもので、自分で作ったんだけれど、生活の知恵みたいなもんだな。筆はけっこういっぱい買うんだけれど、1本3千円くらいする。書きやすいのはなかなか捨てられないんだな。

最近は、お祝い用の花輪用の札の文字なんかも書くね。提灯に書く紋は、平らなところと違って丸い筒状のところに書くから、前から見て丸く見えるように少し横方向にのばしたように書くんだ。そうしないと細長い丸に見えてしまうんだ。

複雑な紋の提灯をいくつも作る時は、紋を切り抜いた型を作る。そうしないと同じものをいくつも作れないよな。細長い提灯も、実は下にいくに従って細くなってるんだ。その方が見た目がいいんだ。

sugita-08-078.jpg■杉田礼二氏の父、辰五郎氏は、明治25年(1892年)に清澄で生まれ、12歳の時日本橋村松町の高橋藤之助に弟子入りし、提灯製作の修業をしました。辰五郎氏は大正2年ごろ、江東区の現在の地で開業し、昭和42年に亡くなりました。高橋藤之助氏は東京の提灯業者の中では名人といわれ、辰五郎氏はその一番弟子でした。

■礼二氏は昭和4年に現在の地で生まれ、子供の頃から父の仕事を手伝い、技術を身につけました。本格的に始めたのは戦後で、勤めに出るかたわら家業を手伝っていましたが、昭和60年に提灯製作に専念するようになりました。


協則氏は礼二氏の息子さんで、現在は礼二氏とともに家業の提灯作りで忙しい日々を送られています。